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掏摸(中村 文則)

2012/06/10 00:01
掏摸(スリ)
河出書房新社
中村 文則

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最近この人の本読むようになりました。掏摸で4作目。

神を信じる人間は、多かれ少なかれ、神を恐れている。なぜなら神に力があるからだ。



ルールというのは何を目的にどうやって決まるのだろう?

なぜこの場所で生きられないのだろう?
進化しないからだ。進化させない人は世界に必要ないように思える。
僕達の生きている世界は、世界自身を進化させる事を目的に存在しているのだと思った。

では、同調できない時にはどうすべきか?
考えても無駄な気がする。すべてはすでに自分に縫い込まれている。
ルールというのは、決まるものではなく決まっているものなのかもしれない。

もっと周りを見渡さないと、集中してしまって逃げ出せない。
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麒麟の翼

2012/03/11 17:42



ある程度評価が高かったので、かなり期待して観にいったが、か・な・りつまらなかった。
ある程度評価が高いなかで、なんでつまらないのだろうと考えさせられてちょっと嫌になった。

誰に感情移入したらいいのかがよくわからなかったので、なんか人間として必要な感情が欠落してるような気がしてくる。
最後の方でちょっとグッとくる場面はあるんだけど、まったくそれだけで、そこまでが長すぎる。

なぜ感情移入できないかということを考えると、おそらく圧倒的に信用してないんですよねきっと。

結婚したくない理由とか、近くに置く人をなるべく少なくしようとしている自分が垣間みえました。
なんとか打破したいと思っているといいんだけれども。

最近本よんでないなー
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コトバのない冬

2011/11/05 15:21




大好きな俳優の渡部篤郎の初監督作品

ワンテイク、NGなしで撮影したらしい。おそらく台本もほとんどないのだと思う。
ワークショップがそのまま映画になっているような感じかな。

ありふれた日常を切り取られた感がすばらしく、遠くから起こっている出来事を眺めている感じで見れる。
登場人物の背景などの説明は一切ないのだけれど、(出演者が素晴らしいというのもあるけど)日常を見る中でなんとなく想像できるようにできている。

人間同士がつながる上で、やはり共有したいのは、コミュニケーションしたいのは、自分と相手の感情であり想いであり、コトバやコトバの抑揚や表情や行動はツールにすぎないと思うんですけど、この映画もその類いで、コトバで話を伝えようとはせず眺めているだけでいろいろな事が伝わってきます。
とても絵になる北国の田舎の冬と雪と切なさと孤独感と家族の暖かさ、
どこにでもありそう(で、なさそうな不思議)な映画なんだけど、心に残る映画でした。

一応恋愛映画であり、映画の中でも「心に残るのはハッピーエンド的な話ではなく、悲恋の話だよ」というようなことが語られていて、この映画も悲恋の話になるんだけれでも、悲恋だから心に残るというわけではなくて人の心に残る要素が悲恋の過程に多く含まれていやすいだけで、それは結果論なのかなと思います。

コトバの話せない渡部篤郎が、何度も何度も何度も何度も公衆電話から電話をかける
ラストシーンは痛切に悲しい。

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カメリア

2011/11/05 14:15




タイ、日本、韓国の監督が釜山という舞台で、「愛」という同じ題材で映画を撮ったオムニバス。

国の色がそれぞれでていて面白いです。
やはり自分は日本人なんだなとつくづく思いました。

ハリウッドとフランスも参加してほしかった。

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アジョシ

2011/09/27 03:24




久々に面白かったと思えた映画館で観た映画でした。
2時間十分に楽しめます。損はなし。

設定自体は単純なので、すんなりと入りこめる。
つらい過去を持つ男と、一人ぼっちの無垢な少女、それぞれの背景はベタなんだけど
王道ですね。
後は、ウォンビンと少女がが創りだす世界感に存分に浸ればよし。
(逆にその他の役はちょっとチープであまり気にしちゃいけない)

泣きながら観賞している方もいましたし、何も考えずに2時間ノンストップで観れます。

また、躊躇のない、一途な、静かな、暴力のアクションシーンがなんとも新鮮でした。

寡黙な主人公の映画というとキムギドク作品を思い出すんですけど、
ウォンビン、いい役者になりそうですね

助かった少女が「助けに来てくれたんだよね〜?」「助けに来てくれたんだよね〜?」
となんども確認するシーン、この少女の女優としての才能が凝縮されてます。

ちなみに内容は殆どないないエンターテーメントで後にはほとんど何も残りません

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感情が論理を超えたとき(一旦整理)

2011/03/20 23:45
・感情による支配は一致団結感を生み、一時的には目標に対しものすごく進捗するが長続きしない。母体の人の数と感情要因にもよるけど、一方通行の思想なので良くも悪くも議論という概念がなく、仲間か排除か。

・論理による支配は計画的で建設的で安心感がある。大多数の人間を納得させるにはよっぽどのカリスマ性がなければ論理的に進めるべきだと思います。
国家や大きな企業が感情で決断することは基本的にあり得ないし、あってはいけない。


--2011/03/11 地震が起こった。

会議室で会議中でした。
最初揺れを感じたときは今までと同じように「地震きたな」って感じでした。その後いつも通り収まるはずの揺れがだんだんと強くなり、今まで経験したことのない揺れが始まり、ビルの防災センターのアナウンスで「ただいまこのビルは震度5の揺れを検知しました。このビルは安全ですので窓際から離れて机の下等に隠れて身を守って下さい」というような放送と同時に天井が一枚ベコって剥がれ落ちそうになった、同じ会議室にいた人も騒ぎはじめてでいろんな声が飛び交った。
この瞬間一瞬だけパニックになった気がするが、後は気持ちは高揚しながらも冷静だったんだろうか、椅子に座ったまま、左手で揺れ動いているスクリーンを押さえ、右手で机を掴み椅子が動かないようにして、目は天井を眺めながら照明や天井が落ちてこないか眺めていた。
完全に机の下に隠れた人はいなかったが、頭だけ入れて上を眺めているような人が多かったと思う。しばらくしてから起こった縦揺れも同様に会議室でやり過ごした。

後から「お前すごい余裕があったな」と言われたが、今思うと、これから何が起こるかわからない中で、机の下に隠れて周りの状況が把握できなくなるのが逆に怖かったんだと思う。

揺れが落ち着いてのを見計らって、フロアに戻ると全体がざわついていた。
何か大変な事が起こったことは誰もが理解していて、その大変な事もう終わった、大丈夫だという安心感からなのか、高揚感に包まれていた。家族に連絡しようとして何度も電話をかける人がいる一方で、インターネットやワンセグで情報収集し、窓から見える今まで見たことのない混雑した駅、緊急停車している電車を「すげー、すげー」といいながら写真にとったり、と様々。

その後、この後どうしようか、帰れるのか?という話が始まっていく。みんな興奮状態で妙に一体感があって、日本代表の勝利の余韻に浸っているような平和な空間で「今日は帰らずにこの状況(余韻)を楽しむ」という人までいた。もう一旦完全に終わっていた。
その日歩いて帰ってニュースを見たと思うが、東北の方で大惨事が起こって大変なことになっているのは分かったが、ニュースも大半は都心で帰宅できない人々を報道していたように記憶している。


--2011/03/12 〜 13 殆ど家

土日だったこともあり、テレビやインターネットで情報収集に徹していた。目的は自分の身の安全の確認と何が起こったのかという状況確認。今で言うところの情報被瀑が始まった。コンビナートの爆発、福島原発、津波、余震について報道していた。この時点でもう高揚感は日本全国に広まっていたように思う。
高揚感を伝えていたのはTVであり、Twitterなどのソーシャルメディアだった。日本中が感情に支配され始めた。そしてその感情に流されることが心地よくなっていた自分が、徐々に 冷静になり始める。被災者意識がなくなっていったからなのか。元々感情的な人を見ると冷静になりやすいかもしれない。


--2011/03/14 以降 引き続く感情による支配

少しずつでも冷静になってくると、感情的な支配との狭間で苦しむことになるんだと思います。
なんでこんなに悲しくて気が滅入って苦しいのかが良く分からない混乱の一週間でした。
繰り返される津波の映像、被災地の状況、福島原発の状況、計画停電。

個人的には、人の死自体は気持ち悪いもの怖いもので、悲しいとはちょっと違うと思ってます。悲しみは死のまわりや背景にあるんだと思います。
つまり、目に見えない他人の死などで悲しくなるはずがなく、こんなことは誰でもわかっている事なんだろうと思います。
誤解を恐れずに乱暴に言うと、数万人の死に感じるのは気持ち悪さや恐怖であって悲しみではない。数万人の死という事実よりも、たった1人の背景をもった死を悲しいと感じてしまいます。たぶんこれは自分だけではなくほかの人も同じはず。
この世界では毎日たくさんの人が亡くなっています、この世界では毎日悲しい出来事が起こっています。

そして、この一週間は気持ち悪さや恐怖というよりも多くの悲しみの感情が自分の中に生まれました。

@被災地で泣き叫ぶ人を見ることが悲しくてつらい。(当たり前です)
 
A@を延々と流し続ける報道、兎に角感情を捜し求め、偽善に囚われたように見えるキャスターのコメント。
 
 ・救出時の報道
 キャスター:「このブルーシートはなんでしょうか?」
 解説者:「被災者の人権を尊重してブルーシートで辺りを囲い報道されないようにしてるんでしょう。」
 キャスター:「そうですか。現場の状況はどうですか?救出者は何人ですか?男性ですか?女性ですか?解りますか?助かりそうですか?なんとか助かってほしいですね。」
 ⇒なぜ報道を辞めないのでしょう?なぜ、救助に手間をかけさせているのでしょう?本当に、本当に、助かってほしいのか疑ってしまいました。
 
 ・津波の映像を取ってた人々
 ⇒何で撮ってたんですか?かけ上がって走ってるのが自分の身内だったら撮ってる余裕ありましたか?

 etc

B論理に支配された政府・企業と、感情に支配されたメディア(Twitterも含む)との喧嘩模様
 ⇒すべてではないですが、自分達が被害者代表であるかのように正義を振りかざして、意気揚々と東京電力に感情的な罵声を浴びせる記者などは見ていてつらいものがありました。感情を論理では説得できないし、その逆もまたしかり。

C未曾有の危機です。みんなで助け合いましょうと言いながら買い占めに走る人々。
 ⇒分かっているんだけどこの表裏はやはりつらいのです。

もう、感情で支配された日本で何が正しいことなのかが分からなくなって混乱してきました。どんどん自分がずれていっているように感じました。
今日本では高揚感によって多くの偽善が横行してます。(恐らくこれは正しいことなのです。)

もともと偽善というのがあまり好きではなかったので「たくさんの人が被害にあったから悲しい」という絶対的に嘘の上で、偽善を偽善だと気づかずに行われている事がストレスにもなりました。
偽善を偽善だと知らずに行えることが何よりのストレス発散なのだろうと捻くれた考え方もしましたが、
今のところ、感情的な”完全な善”は、論理的には、”感情的な偽善”なんだろうとようやく思えるようになってきました。

また、今回の災害が日本で身近で起こったことだから悲しくつらくなったとは思いません。悲しくなったのはやはりメディアのおかげでありメディアのせいだと思います。国民がメディアに求めたマインドコントロールだったような気がしてます。
エジプト騒乱もニュージーランド地震も現状のリビア情勢も、背景やその周りを1週間報道されれば悲しくなれる自信があります。

今のところこの二つの記事が興味深いです。感情派優勢ってとこでしょうか。徐々に逆転していくと思います。

古田敦也ブログNEO-本気?
被災者の心の傷忘れずに

今でもまだ、何が正しいのかはよく分かりませんが、
急遽はじまった計画停電は今のところ大きな事故もなく推移しています。これは感情による支配のおかげなんだと思いますしこの一致団結力は世界に誇っていい日本人のメンタリティーだと思います。
また、人間はとても繊細で感情的な変化をする生き物なので、多数の人が感情的に同じベクトルを維持し続けることは難しいのは明らかです。

ただ今は、早く論理が支配する社会に戻ってほしい。その上で何ができるかだと考えてます。


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僕と妻の1778の物語

2011/03/07 00:33


ファンタジーは好きではないです。

空が青いのが常識だと思っていた。
一日一回は眠るのが常識だと思っていた。そんなの当たり前だよね。

眼で見えるものが当たり前だと思っていた。
楽しいのが当たり前で、腹が立つのが当たり前で、悲しくて泣くのが当たり前だと思ってた。

フフフ、ばかじゃないの?そんなことしたら生きていることが当たり前になってしまうじゃない。
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太平洋の奇跡 -フォックスと呼ばれた男 -

2011/02/18 22:39


歴史に埋もれた真実の物語。
帰りたいけど、帰れるわけがない。

いわゆる戦争映画だと思ってました(ちょっと予告編の作り方間違えてるんじゃないか?)

万歳玉砕攻撃によって終わったサイパン戦後の話でした。
この映画は、たった65年前の、自分と同じ人間の、生きる様を戦争という背景の上で描いていて
戦争の悲惨さというよりは、人間の弱さ残酷さが悲しく、ただひたすらに自分の信念を信じる心、必死に生きる様に心を打たれます。
生きることの意義というのが、現在とても希薄になってきていて、今生きてるからなんとなく生きてるというというそこをドンドンと叩かれているようでした。

「理解できないもの、知らないものは怖い=敵」これは本能なのでどうしようもない。
私達は宇宙人と出会ったら間違いなく銃口を向けるでしょう。

私は、今日の日本で、1945年以降に生まれた人たちの間では、日本にあった戦争についてあまりにも知られていないことが残念で、この本を書きました。この人たちは、自分たちの父や祖父たちが、自分たちの国を守るために戦った精神について、何も知りませんでした。もっと驚いたことは、その人たちがしたことになんの尊敬の念も払っていないことです。私は、このことをとても残念に思います。


これは誤訳なんだろうか?良くわからなかった。
帝国軍人の武士道精神について知らない日本人は少ないと思うし、行った行為を尊敬もしてないわけでもなくて、黒人から白人を守る為に戦った(差別していた)と同じ事なんだと思うけど。
そういう風に洗脳されているのかもしれないけど、文化の違いなのかもしれないけど。
アメリカだとサイパン戦の英雄も何人かいるだろうし、尊敬もされているんだろうとは日本人はわかるとおもうけど、アメリカ人にはまだ日本はわからないのかと思えてしまう。

ちなみに歴史上の人物で好きなのは、
伊達政宗、高杉晋作、諸葛亮孔明
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白夜行

2011/02/17 01:08


ドラマよりは、原作を忠実に再現しようとしていると思うけど、盛り込み過ぎになって(それでもかなり端折ってるけど)原作読んでない人には、事件の概要が早すぎてわからないんじゃないかなというのかなというのが観賞後の第一印象でした。
(相変わらずうろ覚えなんだけど)読んでたにも関わらず、途中「ん?」ってなる事もありました。

堀北マキ:
 可もなく不可もなくかな。(ラストシーンがちょっと。。。)

高良健吾:
 ドラマの山田孝之が好きだったので、そのイメージが強かったので心配してたんですけど、なんとも素晴らしい存在感。一気にファンになりました。

船越栄一郎:
 完全に偏見ですけど、この人には色が付きすぎていて、その上にまた同じ色を出してくるので、どうしても、どうしても、どうみても、もう「○×サスペンス劇場」にしか見えなく、1人だけフレームに入って3秒も立つと自動的にすーっと興醒めすることになってしまう。クライマックス直前の階段かけ上がってきてぜぇぜぇ言ってるシーンは特に最悪でした。後、この刑事の物語部分は思い切って省いても良かったんじゃないかなと思う。


刑事が主演になってしまっているのが残念で、雪穂と亮司の二人の心理描写が殆どなく、出来事だけを刑事目線で追いかけていく(この辺は見る側の想像力に任せているのか)。それだけでも十分話として成り立つんだろうけど、最後の亮司の飛び降り自殺への伏線がなさすぎる感あり。

原作が好きだとちょっと辛口になってしまうけど、十分面白かったです。

しかし映画が原作を超えるってなんでこんなに難しいんだろうね。
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ノルウェイの森

2010/12/28 01:07


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「僕が君を傷つけたのかどうかだけでも知りたい。」
「もし私があなたを傷つけたのなら、それは私が傷ついているという事です。」
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面白かったかどうかと単純に考えるとあまり面白くはなかったんですけど、好きか嫌いかというとかなり好きな世界で心地よく浸れました。 ストーリーがあまり強調された映画ではないと思うので、ストーリーを追いかけるとつまらないのかもしれない。浸れるかどうかがすべて。

何が良かったのかと考えると上手く言えない。明らかに作られた世界で現実離れした世界ではあるんだけれども、それによってリアル感が損なわれることはなく、素晴らしい映像、タイミングの良い音楽、役者の演技すべてが同じ世界を共有し(「雷桜」と対照的)、また、その世界に溶け込んでいて各々が主張はせず存在し、凛とした清々しくも冷たい空気の中に入り込んでその空間をあじわう事ができ、2時間ちょっと、その世界に浮遊して心が奪われて洗われているような良い時間を過ごせました。

後々考えると、特に水原希子の存在感がすごく影響してると思います。
(松山ケンイチと水原希子が至近距離で向き合って話しているのに、お互いの眼がお互いを見ているようで見ていないシーンがとても好きです。)

観ている間は、映画というよりは"本を読んでる"ような、"舞台を観ている"ような感覚を受けるんですけど、帰ってきて「Norwegian Wood」を聴くと映像が蘇ってきてちゃんと存在していた不思議 。淡々と軽やかだけど、薄っぺらいわけではなく重いという不思議。
始まってからすぐこの世界観に引き込まれ、気づいたら2時間経っていたなという感じで集中して観れました。

あまり今まで観たことのない類の映画かもしれません。(ひょっとしたら映画じゃないのかもと思うぐらい)

ノルウェイの森は(確か中学生ぐらいの時に親が読んでいたのを借りて)本を読んだことはあったんですけど、細かな内容は殆ど覚えてなく悲しい片思いの話だったというぐらいの記憶でした。映画を観ながらそう言えばこんなシーンあったなとか思い出したり、当時の切ない気持を思い出したりで楽しんでました。ちゃんと原作を覚えてなかったのもこの映画にいい印象を受けた要因かも。

その後、村上春樹の作品を4、5冊は読んでるかと思うけど、今ではあまり好きじゃなくて。「1Q84」とか「海辺のカフカ」などは読んでません。

なんで好きじゃなくなったのかとちょっと考えてみると、

@独特の比喩表現に飽きた。
A主人公があまり感情を出さず淡々と前向きで強すぎて嫌になる。(感情を表に出さない人は疲れるので個人的にあまり好きではないんだろう。)
B淡々とした事実と表面的な感情が表現されていて、極論で言うとこういう感じを受けつつも、その裏側を考えさせようとしてくるのに疲れる。求めてはいけない答えを求めようとすることに疲れる。
C所々ファンタジー過ぎてよく分からない(羊男が嫌い)

という感じかなと(最近読んでないのでうろ覚えで)。

後、映画的にはどうでもいいんだけど、性=恋愛感情=愛情となっていることにちょっと抵抗を受ける。
それはそうなんだろうと思うけど、 性→恋愛感情→愛情という流れかと思っていて、愛情というのは左に起因するんだと思う。この矢印が逆を向いたり、「=」に変わるとと違和感というか、美化されていると感じてしまう。この辺をごっちゃにすると自分の中で整理がつかなくなるので。
ただ、大抵の美化された物語は「恋愛感情←愛情」という表現が多い中で、かなり露骨ではあるけど性表現から愛情までが臆することなく等価に描かれているのは潔くて新鮮でした。まぁ映画的にはどうでもいいんだけど。

ちょっと映画の話に戻すと、

抗うことのできない絶望的な悲しみが散りばめられて、それが自分の過去の痛みを少しずつ照らしていく感じを受ける(うまい)。

「愛するものを失った悲しみを僕らは癒すことはできない。悲しみを悲しみ抜いてそこから何かを学び取るしか僕らにはできない。」

”愛するものを失った”はいらないと思う。単純に僕らは悲しみを癒すことはできない。悲しみ自体は当時のままそこに存在し続けているにも関わらず、時間をかけて眼の届かない場所に移動させて、時間をかけてそこへの光をゆっくりと遮断していく。そうやってある程度ぼやけてきて初めて悲しみを自分の所有物として自分で認識できるということかなと何となく解る。
”希望”は、”絶望を受け入れられること”なのだと。

よく解らなかったのが、
直子が「私がいなくなっても私がここに存在していたことを忘れないで欲しい」という言葉を愛していない相手に言う事(ここでいう"愛してない"は"恋愛感情がない"だと思うけど)。もう一度原作を読み返したくなる。
僕自身、相手は誰であれ、もし自分が死んだら「自分という存在をすべて忘れて、なかった事にしてほしい」と思うんだけど、それはおそらくマイノリティなんだろうけども、それは悲しいんだけれど、事実なんだからあまり考えない。
ただ愛していない特定の誰かを指定して忘れないで欲しいというのはさすがに解らない。
また、レイコが主人公に「寝ましょう、そうするべきだと思うの」と迫るのも理解不能。なんでそうするべきなのかさっぱりです。(これは完全に理由B)

理解するにはちょっと人生経験が足りないのかもしれない。

どういう話だったかなと気になるのでもう一度原作読んで観たいなという衝動と、でもちょっと面倒くさいなという感情が戦ってます。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 7 / コメント 0


リアルとかバーチャルとかが良く分からない

2010/11/28 01:13

先日techwaveに取り上げられた
蔓延する誤った「ソーシャルメディア」の定義【水谷翔】
によって、いろいろと騒がれているSNSの定義、リアルとバーチャル。

個人的にもいろいろともやもやしていた部分ではあったので、一度頭の中を整理するうえで纏めてみました。


まず、

@「実際に会ったことがある人」とのコミュニケーション/関係をリアル
 ⇒実際にあってFaceToFaceでもよいし、インタネットを経由してでもよい
A「実際に会ったことがない人」とのコミュニケーション/関係をバーチャル
 ⇒インターネット上でしか実現しない。

と呼ぶらしいです。

で、ソーシャルメディアと呼んでいいのは@なのかAなのか、そして今後@になっていくのかAになっていくのかという話ですけど、これが何故こんなに問題になるのかという事で違和感を覚えてます。

湯川さん(@tsuruaki)の最終的な纏めは以下

ソーシャルはリアルに傾くのか、デジタルネイティブは未来を生きているのか【湯川】

さて現状はともかく、将来本当に日本でもリアルな人間関係がソーシャルメディアの軸になるのかどうか。これは議論しても仕方のないこと。「なる」「ならない」の水掛け論に終わる。答えは、そう遠くない将来に出るであろうから現時点で口角泡を飛ばして議論することもないと思う。互いの主張の根拠を聞いて、あとは「そういう意見もあるのか」と受け止めておけばいいと思う。

 公平を期すために自分の立場を明らかにすると、日本でもいずれそうなると思っている。1年後かどうかは分からないが、日本も広瀬さんのいう「ほんもののソーシャル体験」をするようになる、と考えている。それは人生の半分近くを米国で過ごし「日本人と米国人の国民性の間に一般的に言われているほどの差異はない」と感覚的に思っているからかもしれないし、非常に多くのいろいろな海外事例を調べてきた結果そう考えるように至ったのかもしれない。



タイトルにも書きましたが、なぜ人間関係において、リアル(会ったことある)とバーチャル(会ったことない)”だけ”が問題視されるのかが良く分からない。そもそも、コミュニケーション(会話)にリアルもバーチャルもないし、人間関係にもリアルもバーチャルもなく、全部リアルだろうと思うわけです。

人間関係のレベルが違うだけの話であって、実際に会ったことある/ないというのは親密さを表す一つの要素に過ぎない。

・自分の家族なのか
・親友なのか
・友達なのか
・恋人なのか



・会ったことあるのか

は同レベルの話ではないのか?

・ネットでしか話したことない人には教えたくない。
・ゲームでしか話したことない人には教えたくない。



・家族には教えたくない。
・親友にだけに教えたい。

は同じレベルの欲求ではないのか?

と考えると逆に問題なのは、
"FaceBookやMixiのソーシャルグラフの親密度合いを計る機能の貧弱さ"
なんじゃないだろうかと思います。そこに焦点が当たるのなら理解できるんだけど。。。という感じでよく分からない。

FacebookにしろMIXIにしろリアルなピュアなソーシャルグラフを育てたいという事を言ってます。
(Facebookは実際に会ったことがある人を友達にしてね、Mixiはちゃんとした友達をマイミクにしてね、というイメージを持ってます)
そんなことを勝手に押しつけるなと思うし、本当にその通りにソーシャルグラフを作っているユーザってどれぐらいいるんだろう?と思う。(※実名か仮名かというのはまた別の話)

なので、上記の問題を自分なりに考えてみると、”@+Aになる”となります。
今までのコミュニケーション手段にインターネットというのが追加になっただけという事です。

なんでこんな問題が出てくるのかと考えると、実生活のコミュニケーション/人間関係だけが先にインターネット上に反映されようとしている為、インターネットはバーチャルだ的なこういう混乱が出てきているのではないかと思います。
インターネットで本を読んだ事をバーチャルで読んだなんて言わないし、映画を観たこともバーチャルで観たと言わない。
今後、いつになるかは分からないけど、インターネットを通じてリアルな体感を共有できる時代がこれば、こんな話はでてこないだろう。


最後に前提、
僕個人はコミュニケーションには人一倍固執しない方だと思う。その上での感覚。これが人とズレているともう上の話はもう成立しない。

追記:
蛇足:僕はこう思ったッス「ソーシャルとリアル、デジタルネイティブ編」 【増田(@maskin)真樹】
に共感です!
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ヘヴンズストーリー -世界が憎しみで壊れてしまう前に。-

2010/11/06 22:52



楽日だったせいかもしれないけど映画館混んでました。観客10人ぐらいかと思ってたら、ざっと100人弱?満員に近い。

内容は娯楽作ではなく、そして覚悟はしていたが4時間38分はやはり長い。そして、重苦しい。

自分以外の家族を殺された少女、サト。
妻と娘を殺された、トモキ。
トモキの妻と娘を殺した、ミツオ。
若年性アルツハイマー病に冒されて、ミツオを引き取った人形作家、キョウコ。
不慮の事故で人を殺した事を悔やみ続ける警官、カイジマ。
父親の暴力で片耳の聴力を失ったミツオの2番目の妻、タエ。

などなど、なんと登場人物が多い!
また全9章のなかで徐々に関係していくので、人間関係を把握するのにもちょっと疲れました。

憎しみ(という怪物を)を人間から切り離して、それを人間に演じさせて、憎しみを連鎖させることによって物語を進めている。
そのおかげで罪とか悪が人間の本質から切り離されているように見せかけて、逆にそこに焦点が当たって、それのみが人間の本質として見えてしまう。

ただ、物凄く上の方から眺めているかのように淡々と見せてくるので(この辺がうまいなと思う)乱暴に纏めると

『殺人を犯す理由?理由なんてどうでもいいじゃない?そんなの分からないよ。考えたってわかりっこないし。だからね、殺人という現実は誰にでも唐突にやってくるよね。もし出会ってしまったなら、それは運が悪かったんだね。別に自分だけが悪いわけじゃないし、そんなことで憎まれてもだよね。逆に、愛する人を殺されるとつらいよね、とてもつらいよね。でもね!生きているなら憎しみを乗り越えて(?)生きていこう。世界が憎しみで壊れてしまう前に。』

という話です。

終わった時は、「やっと終わった、フゥ。」という感じだったんだけど、重めに残ります。
そして後から後からジワジワと鬱ってくる。凹む。
なんで、こんなに凹むんだろと考えると、おそらくこの「完全に諦めてる感」と「空虚な殺人に対する罪悪感」のせいだろう。
理屈ではないと分かってはいたつもりでも、現実として堂々と突き付けられるとやはりつらい。

僕は絶対に許せないという憎しみをもったことがない(と思う)ので、
人を殺したいと思ったこともないので、
殺したこともないので、
なんとなくしか理解できないけど、よくできてると思います。

以下、印象に残ったうろ覚えのセリフ達

・私が復讐する人はもうこの世にはいない。
・なぜ人は人を殺めるの?
・なぜ殺したのか僕にもよくわからないんです。

・家族を殺された人間はほんの少しでも幸せを望んじゃだめかな?
・だめだと思います。

・私がいなくなっても、世界は存在し続けるんですよね。
・忘れたくない思い出を思い出せないんですよ。

あー虚しくなる、何の為に生きてるんだろうってなる、ちょっと明るい気分にはなれない。
でも、DVD化されたらもう一回観てみようかなとも思う。

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雷桜

2010/10/31 21:13
原作読んだ時は、面白かったなという印象でした。

で、映画は、

・岡田将生の華やかな軽さ
・蒼井優の迫力のある奔放さ
・小出恵介、榎本明の真に迫る実直さ
・美しい映像
・時代劇

これだけそろって、見事にかみ合わないというか、なんだかそれぞれが浮いていてそれぞれが別世界の様に見える。
シーンだけを切り取ると素晴らしいとは思うんだけど、つながると陳腐化してしまう。なんだろ、一貫性がないのか、どういう世界にしたいのかというコンセプトが曖昧に感じてしまう。

特に、定めに逆らう事が他人に迷惑をかける事になる為に必要なシーンだったんだろうけど、この映画の雰囲気でその演技を出すか!という榎本明の渾身の切腹シーンがかなり浮く。(原作にこんなシーンあったっけ?)

監督が合わないのか脚本が合わないのか。

監督:廣木隆一
の過去の作品を探してみると、結構撮ってるね。名前を知ってる作品もあるけど、実際観たことあるのは一本だけ「余命一カ月の花嫁」でした。
あまり好きじゃない映画だったと思うので、この監督とは感性が合わないのだろう。

監督のインタビュー記事を見つけた。

原作を映像化する上で、監督が最も大切にしたことは? その問いに「時代劇の中でのリアリティ」という言葉を用いてこう説明する。
「挑戦だな、と思ったのはある種のファンタジーをそのまま描くのではなく、時代劇の中で見せるということ。山育ちの女と殿様が出会って…って普通に考えたらファンタジーですよ。それをどう時代劇の中でリアルに感じさせるか? そこで時代劇のストレートな強さを感じられて面白かった。というのは、これが現代劇なら思い悩まなきゃいけない(笑)。『電話して聞いてみりゃいいじゃん』、『メールすれば?』っていうぐらい悩むけど、ここではそんなに悩まず、行動がストレート。これは時代劇だからこそのもので、それはいまの時代にあって、すごく面白いことだなと思った」。

引用

ファンタジーもリアリティーも中途半端に感じた。
殺陣なんかでも腹切られて、即死ぬやつとか、時任三郎のようになかなか死なないとか、水戸黄門とか暴れん坊将軍を思い出してしまう。(笑)

なんでこんなに酷評してしまったんだろう。と思うとやっぱり惜しいんだよね。ラストワンピースがあれば、すごくよい作品になっていたのではと惜しい。どうなってれば満足なのかと言われると難しいんだけど、もっと時代劇(リアリティ)方向に振ってほしかった。

以上です。
観賞後一夜明けても、思い出すとイライラしてしまいました。


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インシテミル 7日間のデス・ゲーム

2010/10/24 02:35



ミステリーだと思って観ないほうがいいね。

ここまで予想を裏切らない、ミステリーは珍しい。
ホント思った通りに話が進んで行く。

予想を裏切ってくれない事に裏切られた。
そういう意味での新たなミステリージャンルを創ったか!

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悪人

2010/09/12 18:47

悪人 シナリオ版 (朝日文庫)
朝日新聞出版
吉田 修一

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元々予告編を何度か見て存在は知ってたんですけど、モントリオール映画祭で深津絵里が受賞したというニュースがきっかけで、再度予告編を確認すると一気に見たくなり我慢できなくなり、公開初日に見に行きました。


とても分かりやすいテーマで、人生のなかで感じてはいるけども、意識して考えて整理はできていなそうな部分というか、無意識に社会を受け入れて人格形成されていそうな部分と言うか、その辺りが見事に絶妙なラインで入り込みやすかったです。後、ここまで格好悪い妻夫木聡はなかなか見れない(笑)

祐一も光代も狂っていると感じてしまうほど痛々しく悲しい。悲しいが故に誰かを求めている男女が惹かれあう日常的なシーンがこんなにも悲しいとは!
「今の世の中には守るもの(大切な人)を捨て強くなり、必死に生きていない人が多い」というようなセリフによって悲しく感じることに罪悪感を覚えたりします。
これは、無意識にでも善と悪の区別をしない事が善だと思わせている社会が原因の様な気がする。つまり人は悪人にならないように気を使って善人になろうとする。(悪人ではないことが善人だろうと勘違いする)自分から見た善と悪をしっかりと決めつける勇気、時には思い切って悪人(善人)になれと。
勝手にいろいろと共感しました。
よく言われる”世界中が反対しても、自分だけはあなたの味方です。”と思える人がどれだけいますか?ということだろう。

殺人事件(じゃなくてもいいけど)の”被害者とその家族+加害者とその家族”すべてが平等に登場し客観的に描かれるのは珍しいような気がします。
それぞれの登場人物の善と悪を丁寧に描き、最終的に「悪人」となるのは祐一だけで、そう呼ぶのは社会なんだなということです。

そもそも善とか悪って各個人都合の気がする。
自分の善悪は自分で判断し、自分から見た他人の善悪も自分で判断する。
そういう意味では悪があるから善があるような気がするけども、違うな。善というのは悪を否定した行為を指すわけでもないです。
最悪なのは、他人が見て悪だという事を、自分では悪だと認識できていない事が他人に伝わってしまう事かな。

「誰が、本当の”悪人”なのか」
悪人というくくりは難しい。人間の99%は悪人だろうし、99%は善人だろうし。
「何が、本当の”悪”なのか」
同じことかもしれないけど、こっちの方がしっくりきます。そして悪の基準が属する母体もしくは個人によっても異なる。

ルールの限界を感じさせてくれました。

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さまよう刃

2010/08/22 21:36

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原作は読んでないです。

全体像がみえない。被害者の父親というある一点からの視点からのみ
おそらく意図的に描かれているのだろうと思う。
加害者の家族が全く出てこなかった。加害者が悪者に描きすぎているきらいもある。

死というのは大きすぎる現実です。(死じゃなかったら問題にならないのも問題かも)
例えば、戦争で自分の子供が戦死した場合、怒りや恨みの矛先は
相手の兵士になるのだろうか?自分の子供がイジメにあって自殺した場合
の矛先は?
この場合は映画とは話がちがうんじゃない?ってなると
少年法で言うところの可塑性の問題になってくるわけです。

重要なのは、矛先が責任を問える個人なのか、組織なのかどうか。
もっと、重要なのは、自分が関係しているのかどうか。もしくは関係しそうかどうか。
それによって大きく意見が異なってきそうに思います。

主人公は殺されたのが、自分の愛する子供です。自分とは関係のない子供が殺されても
同じように感じることはできないのです。これが最大の問題だと思います。

古くは拉致問題や、自衛隊派遣、最近では「母なる証明」でもなんでも非難するのは関係者の家族「だけ」です。話が大きくなると、マスメディアが金の匂いを嗅ぎつけやってきて後は、マスメディアが中立の姿勢を保つことをせずどっちにつくかで世論が決まります。その後その世論にできるだけ沿うように法改正が検討されるんだろう。その過程の中でどこに責任を求めたらいいのだろうと考えると、結局無いわけです。あるとすれば人間が人間であるからなのだとしか思えません。
それは自分も同じなわけです。(キリスト教徒ではありませんがw)

被害者ができることの法律に則って可能な最大の行動は、話を大きくすることだけなんだと思います。

なので、「彼らに対する罰として、死に値する恐怖が最適なのではないか?」
というようなことを父親が言い、映画の〆の言葉になるのだけれどいらないかな

警察が人ではなく法を守るのは当たり前。法が人も守るのだから。
警察内の一個人が判断できるほど人間界に秩序を保つのは単純ではないよね。
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Sin nombre / 闇の列車、光の旅

2010/08/19 01:08
ドキュメンタリーに近く、どこかで、実際に起こっている現実話(監督は映画の為に3回も列車に乗ったらしい)なのだか、という実感は持てない。
それがなんとも言えないし、それもまた現実です。

殆どの人はかわいそうだけど変わってあげようととは思わないでしょう。何とかしてあげようとも思わないでしょう。
日本にいる難民に対し方も変わらないでしょう。
そういう現実があると知るだけでしょう。それも現実です。

対局にある東京、ここには映画と同じような現実はないが、映画と異なる内容で同じような状態(Sin nombre、人生をあきらめての虚無感)におかれる人間は沢山います。
同じ人間だから。みんな生きるのに必死なんだね。
映画としては最後はちょっと救われたかなとおもうけど、現実としては全く救われない映画です。

カスペル の目が何とも言えず、つらいです。
この現実は氷山の一角に過ぎないという風に感じました。

やっぱりロードムービーは好きですねー
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母なる証明

2010/08/15 06:45

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これが人間としての事実なんだよな、
それが見事にストレートに描かれている。

自分が良ければそれでいいという事なんだろうけど、
我が子だから、母だからというのは、一番わかりやすいんだろうな。
また、貧乏だからという設定で共感(憐れみ感)を期待する。

真犯人と面会後、知ってしまった真実を話すのかと思ったら黙ったまま。
このシーンがこの映画の分岐点だったと思う。ここで話してしまったら、一気につまらない作品になってしまっていただろう。

ポン・ジュノ作品としては、「殺人の追億」の方が面白かったかな。
「グエムル-漢江の怪物-」はキム・ギドクが酷評してた為、観てません。
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僕の初恋をキミに捧ぐ

2010/07/25 03:27

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井上真央っぽい役、岡田将生っぽい役でした。

(ハマり具合としては)
井上真央は"花より男子"よりも良かったかな。
岡田将生は"ハルフウェイ"の方が良いかなと思う。

泣かせようとするシーンがたくさんあるけど、単純すぎる。
マユが「お願いします」と言いながら泣く2つのシーン
タクマがオムツを変えてもらう時に「ごめんなさい」というシーン
背景を想像するのが大事なんだな。

残念な点は、
携帯小説かと思わせるような都合の良い展開と
マユに恋をするライバル男役のみが飛びぬけてファンタジー過ぎる(笑)

それでも観終わった後は、さすがにちょっと凹むんだけど
あまり余韻は残らずすっきりする。この辺は上手い。

"私の頭の中の消しゴム"と比べると全然こっちの方がいいんだけども
何が違うんだろうな。

病で死ぬ恋愛もので男の方が死ぬのは珍しいのでは?


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ユア・マイ・サンシャイン

2010/07/19 06:41

”口コミで広がった涙と感動。『私の頭の中の消しゴム』を抜いた韓国映画歴代NO.1のラブストーリー”
という作品です。

どこまでがフィクションでどっからが創ってるのか分からないけど、
薄っぺら過ぎる演出とストーリー。まぁ良くできてる。

考えちゃいけないんだろうけど、どうしても考えてしまい、素直にこの世界を受け入れられない。
好きな人は好きなんだろうけど、やっぱり韓国純愛ものはだめでした。。。

なぜ毒を飲んだ???
理解できないぜぃ
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GOEMON

2010/06/08 03:21

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GOEMONを観た! ...
映像とデザイン、架空 ...
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CASSHERNを超えたか!とても面白かった。
映画館で観ておけばよかったとちょっと後悔気味です。
映像の広がり、美しさだけで言うとレッドクリフかなと思うけど、
圧倒されるような迫力はこっちが断然。(レッドクリフは映画館で観たのにそう思える)
完全に思い切った歴史の想像も中途半端なレッドクリフよりはGOEMON(最終的な帳尻はちゃんと合わせてくるけど)。

さてさて、自由になりたい、強くなれというセリフのなんと多い事か。
この辺は現代日本社会への励ましのメッセージも含まれているらしい。

どういう形の自由であれ、自由というのは、強さを持たなくてはならず、強くなるには戦うことから逃げられない。
また、Aの自由(を手に入れようとする状態)はBの不自由でもある。
そしてこの状態というのは不自由であり、そもそも自由な状態など存在しない。
自由を突き詰めると死ではないかと思う。生きることは不自由この上なく、自由などない。
だからこそ絶対に手に入らない「自由」とか「平等」とかを抽象的に語ると、ある状態にある人の心にほんの一瞬の安らぎを与える。
(あっ、後「愛」もね。)
平和になるのは簡単で、誰もが自由になりたいなどと思わなければいいだけのことだ。
それを阻害するのは人の自由に対する欲求だ。

「だれでもいいから、天下をとってくれ」というのは負けたという事、自由を捨てるという事。
つまり平和を望むという事。

そして自分は(多分)死んでしまって自由を手に入れたGOEMON。

主題歌「ROSA」いい曲だなと思って、さっそくiTunesで購入した。
VIOLET UKって誰なんだろうと思ったら、YOSHIKIが絡んでるんですね。
そう思って聞くと・・・・YOSHIKIっぽいねw


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ディファイアンス

2010/06/06 22:35

ユダヤ人迫害・・・まぁ当然理解はできないですね。
差別・・・こっちは人間であれば理解できる。とっても自然におこりますね。

私達が現在の世界で行っている差別も50年後、100年後の時代から見ると理解できない事なんだろう。人間の奥深さを感じた。

しかし、どこまでがノンフィクションで、どこからがフィクションなんだろう。

映画自体は、そういった背景をベースに兄弟3人を中心に数百人が生きる様を描いている。(最終的には1200人?)
迫害されて生きる為に集まる。生きる為というよりは自分が死にたくない為にかな。
集まった中では差別された数百人の中であるにも関わらず差別的な行為が行われる。
コミュニティを形成する大変さをみるに、人間皆平等と聞くと何を綺麗ごとをと思ってしまうんだけど、それはとても浅はかなのかなと思いました。

絶対的な一人の存在(ワンマン社長的なw)で制御できるコミュニティって何人ぐらいなんだろうかなぁ。
(その一人にもよるんだろうし、背景にもよるんだろうけど)

ちょっと虚しくなるけど、腹もくくれる!そんな感じです。


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暗いところで待ち合わせ (乙一)

2010/05/09 23:49

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幸せを人と比べてはどうしようもない。
誰とも接さず、穏やかな暗闇の中に幸せを感じる人も本当にいるだろうと思う。
ただ、ミチルはそうではなかっただけのはなしだろう。

僕は多人数で話したり、騒いだりすることは苦手だと思っている。(本当はそうしたいのかどうかはわからない)

理解してもらうことをどこかで諦めているし、その分他人を理解できなくなっているんだろうなとも思う。相談毎をされても(あなたを理解しているとは思えないので)突き放したような回答をしがちになってしまう。

昔は積極的に自分の事を話をしようとしていた。自分の事を知ってほしかった。でも話せば話すほど、多人数であればある程、自分の口は嘘の自分を語りだす。結果当然理解してもらえるはずもなく、いつの間にか諦めることにした。他人にどう思われようが、別にかまわないしそれはそれで自分の一側面としては存在しているものだろうとも思う。
まして、本当の自分なんて自分にもなかなかわからないもんである。

また、殆どの人が自分の事を語りたいのだということにも気付いた。

1.自分を語りたくて、語り続ける人(だいたいの場所において中心人物になる)
2.自分を語りたくて、1の人の話を聞き、自分の話をする機会を伺い、たまに語る。
3.自分を語りたいけれども、語ったところで誰も正しくは解かってくれないだろうと思って語らない。

自分は完全に3である。
人が自分について発言をする時、それを聞いている人が多ければ多いほどその内容には、自己の中で創造された嘘の自己が多く含まれがちになり、それを聞く人にとってもありきたりの内容になり聞き流されがちになる。それがすごく滑稽に見えてきたからだ。
多人数でワイワイと騒ぐのが好きじゃないのもそのあたりに起因する気がする。

気がつくと自分の事を、まわりの人間が語るようになる(これは個人的には全く理解不能)。それがあってようが間違ってようががそんなことはもうどうでもよくて肯定も否定もしない。そういうことだ、理解されることを諦めるということは。

世界には何と他人がおおいことか。その中で自分を表現することは不可能に近く、自分を殺したコミュニケーションが多すぎる。
自分を殺したコミュニケーションが苦手(だと思っている)人はどうすればいいのか分からず、社会不適合者にならないようにもがく。事務的なコミュニケーションに徹する。もしくは、完全にコミュニケーションを遮断する。

ミチルは、社会との接点をカズエに依存している。依存していることをわかっていて恐れている。その為、カズエがいつかは自分から離れていくものだと心の準備を進めている。
人間は、ミチルに限らず少数な存在に依存しているという人が殆どではないかと思う。
そして、殆どの人は無意識にでもその事に気づいているんだろうと思う。
ただ、また自分も誰かの少数な存在として依存されているという事にはなかなか気づけないものである。

アキヒロが他人の名前をなかなか覚えないところに共感してしまった。そうか、他人に興味がないんだと。僕の場合は、人の名前だけでなく、固有名詞全般をなかなか覚えない(店の名前、会社名、建物名など)。雰囲気なんかは結構覚えてるんだけどね(笑)




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プロテージ 偽りの絆

2010/05/08 23:18
香港金像奨最多15部門にノミネートされた作品です。観てよかった。

映画自体は、ズシリと重い7割ぐらいの部分と、「はい、はい、このパターンね」という薄っぺらい香港映画ならではの軽さを表す全くいらない3割で構成されている。
3割が残念でしかたない。

『恐ろしいのはヘロインなのか虚無感なのか』
ちょっと抽象的に言い換えると、
『恐ろしいのは結果なのか原因なのか』
えーと、抽象的には考えないほうがいいのかなと思った。
(映画的には虚無感を主張しているように見える)

虚無感ってなんだろう、なんで虚無に感じるんだろう?
虚無感を感じてない人なんているんだろうか?
自分の中が100%の虚無感(人生に価値が見いだせない)になるとさすがに恐ろしい。
ただ、普通に暮らしていても年齢を重ねるごとに確実に増えていくんだろうな。
価値なんて減価償却されるわけだし、だから寿命もあるし、新たな価値を創造するように人類が進化していくんだろう。だいぶ話がそれていく。

ちなみに、主演がアンディー・ラウなんですね。観てる間はダニエル・ウー主演だと思ってました。




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おと な り

2010/05/06 01:24

よい、すばらしくよかった。久々にいい映画を観た。
まぁ、”ツボ”なんだろう。
穏やかで緩やかでほっとする雰囲気で
こういう穏やかな日常をおくりたい(無理だけどw)
このコンセプトを思いついた時点で勝ちなんだろうけど、
そんなことは観てる途中では全く気にならないのでどうでもよい。

音(とか声とか)は結構好きなほうで、なにかをいいなと思う時に理屈ではなく
基本的には雰囲気重視なんだけど、かなり重要なファクターになる。

かなり重要なファクターではあるんだけど、音だけ切り取るとやはりとても
薄っぺらく感じる。何かしらの実体は必要で、実体のない雰囲気などはないのだとも
思った。好きになったと思うのは雰囲気なんだけども、雰囲気というのは、いろいろな
実体が複雑に重なり合って、奇跡的に生み出されるひとつの・・・なんとか(言葉が思いつかない)

そういう意味で、自分の好きな基調音だけを集めたCDなんかがあっても
まず買わないだろうし、買って聞いたところで癒されはしないと思う。
(昔、不眠症対策で好きな波の音のCDを買ったことが思い出された)

コーヒー豆をひく音にこだわったらしいが、個人的にはそこは特に。。。
で好きなのは鍵の音、ドアの音、最高なのがエンドロールのまな板の音!!
いいなー。なんかいろいろ思い出した。

熊澤尚人監督、気に入ったので
「ニライカナイからの手紙」
「虹の女神」
も観てみようと思う。

先日、音楽聞きながら寝落ちしてしまって(不動産屋経由で)お隣から苦情が来ました。
やはり現実は全然違う(笑)
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百万円と苦虫女

2010/04/30 06:50
自分の足で立って生きていくということって
どういうことだろうと考え込んでしまった。
かなり漠然としている。

自分の足で立って生きていくということ、起こった出来事から逃げないということ、
逃げずに受け止めるということ、受け止めて溜め込むということ、
出会うから別れるのではなく出会うために別れるということ。
自分という存在を自分で認めるということ、認めて逃げないということ・・・(略)

”と考えると”百万円を貯めて逃げ出すという行動自体は、自分の足で歩いているのではないかと思えてくる。(よくわからない。。)

”と考えると”弟君がすごいのはいじめから逃げない事ではなくて、いじめから逃げないと決断して実行しようとしていることがすごいのだと思う。

やることは同じ人間なので大人も子供も一緒です、ただやり方・時と場所が上手か下手かの違いでしかない。

自分の足で立って生きている人ってどれぐらいいるんだろう?

そこそこ面白かった。多分、ロードムービーは好きです。


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でいごの花の下に

2010/04/25 19:54
沖縄戦・・・

戦争を知らない世代にとって、戦争は”いけない過去”でしかない。もう終わったものだと思い込んでいる。そして2度とは起こしてはいけないと教わっている。

ただ、この本を読む限りそれは間違っているのだと感じる。

沖縄には数回行ったことがあるし、修学旅行でもいってるので戦争跡巡りみたいなこともやっているが、その中に”ひだまりの中の空虚”を感じたことはなかった。
(ひめゆりの塔でやたら気持ち悪くなったぐらい、かなりブルーになる)
それは固定の場所にではなく、心の中に存在するものだろう。
次回行くことがあったら、また感じ方は異なるのかもしれない。

跡も事実も多くのことを語らない。知るだけだ。

以下の点は全く共感できなかったというか、よくわからない。だから多分まだ自分は間違っているのだろうと思う。
・暗い影を残すアメラジアン男の源泉が自分の母親を殺したということだった事。
・それを殺人と捉えて、殺人者の子供だからという理由で子供を産むことを躊躇する女二人。

この本は、恋愛小説ではないよね。
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さくらんぼ 母ときた道

2010/04/11 00:34

なんだかとっても懐かしく、
照れくさいけど、とっても親孝行したくなる映画です。

どういう終わりが待っているのかなとおもったら、ベタだったけど
それでももってかれそうになる。(なんとか踏ん張る)
いつでも味方でいてくれるという母親という”圧倒的な絶対的な”安心感にホッとします。
ベタベタだけど、いい映画です。好きですねこういうの。

大人になった子供にもサクランボを与えようとする姿に、
学生時代に仕送りで食糧(懐かしいもの)を送ってもらって、
嫌な寮生活に耐えていたのをちょっと思い出しました。
こういうのって内容よりも行為そのものに癒されます。

全体的にはかなりマイルドな「ダンサー・イン・ザ・ダーク」って感じかな。

ミャオ・プゥ(母親役)以外は全部素人だったらしい。
全く気付かなかった。。。
特に、お父さん役と子役は素朴なすばらしい演技でした。

ニュースで自分の子供を虐待するなんていうのを聞くとちょっと
遠い世界の様な話がしてしまいます。
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イルマーレ

2010/04/06 01:39
淡い静かな美しい世界、心地よい潮風に2時間さらされているような、きれいな映像と音楽。
悪く言えば抑揚がなく薄い、現実離れ。
ストーリーまでもが薄く見える。
この世界に酔えるかどうかが評価の分かれ目になるんだろうなぁ〜と

心がささくれた日に観た方がよかったのかもね。
また、映画館で見た方がかなりいい映画にみえたことでしょう。

「四月の雪」は好きだけど、「私の頭の中の消しゴム」は嫌い。
韓国の純愛モノはどうも個人的には当たり外れが多い。
多分ストーリーなんだろうなと思う。
「ユア・マイ・サンシャイン」をまだ観てないんだけど。。。どうしよう

チョン・ジヒョンは”デイジー”が最高です!

この映画にさりげなく人間独特の臭さ見たいなのを足すと、キムギドクになるのかもね(笑)

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スラムドッグ$ミリオネア

2010/04/05 19:10
あきらめないこと。

スラムドッグとミリオネアという対局の存在を通して、物語が描かれているが
スラムドッグということは関係ない。ミリオネアも関係ない。

社会作、娯楽作として評価されているとのことだが、中途半端間は否めない。

主人公が感情を露わにするのはラティカに関することのみ、
2000万ルピーの薄っぺらさが際立つが世間はそんなことを知っちゃいない。
スラムドッグミリオネアに周囲は湧き立つが、本人たちはそんなことどうでもいい。
その温度差がうまく描かれ、社会は自分達と他人で構成されていることが良く分かる。

あきらめないこと、あきらめないこと、あきらめないこと
そして、自分達信じること、他人を信用はしないこと。

”最終問題に答える時の主人公のテレフォンでの満足感”
”BでもCでもDでもなくAと答える適当感”
に涙が出そうになるほどの純粋さを感じる

しかし、最後の問題なんで正解にしちゃったんだろ?
外してほしかった。アメリカンドリーム的で良くない。
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アンチノイズ(辻仁成)

2010/03/22 23:23
久々に辻仁成に手を出した。

人が一般的に見る世界は目を通した世界。
主人公は音を遮断した世界を見たり、音のみ通して世界を見る。
それによって、見えてくる(という言い方はおかしいが)世界は一般的に見てる世界と大きく異なってくるんだけど、まぁそうだろうなと思う。

INPUTされる情報によって世界はガラリと変わり、また同じINPUTを得たとしてもそれを解釈する人によっても見え方が変わってくる。
でも、そんなことは意識して生きていない。自分が見た世界を相手も見ていると思っている。
だから躓く。

自分の世界を表せる人、自分の世界が分からない人
他人の世界を許容する人、他人の世界が分からない人

思ったほど余韻はなかったなー。
もう一回読むと違った見え方がしてきそうな気がするが、多分読まない(笑)
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ハルフウェイ

2009/10/12 01:35

いいね、純粋で、普通で、単純で、複雑で、いいよ

よごれたな

なにがいいんだろう?
なんか青春王道なんだろうけど、感情が揺すぶられる。
高校生の頃は、こんなゆとりなかったな
必死だった気がする。あんまり楽しくもなかった。
2度と戻れない過去、10年後今を思い返すとどう思うのだろう?

しばらく何もする気が起きない気がする。
明日が休みでよかった。

画面を揺らすのって岩井俊二っぽい

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セカイカメラについて

2009/09/27 08:08
「セカイカメラ」がようやくApp Storeで無料で公開された。

ただしまだαレベルかな。
リリース当初はかなりサーバが混みあって、つながらない人も結構いたみたいだし、
自分がPOSTしたものが浮かんでくるまで10分ぐらい待つこともあった。

最終的な利用方法は、消費者が決めていくことかもしれない。その為にまずは
α版にしろ新しい価値には違いないので、集客に走ることは正しいかもしれない。

今後の課題:
@9割方のエアタグはゴミであろうということ
 ⇒エアタグの種類はもっと必要だろう。マーケティング用の目立つタグなど
   作成できるようになるとマネタイズしやすいかもね
   兎に角、フィルター機能の拡張は必須だと思われる。
AGPSの精度の問題
 ⇒あきらめよう・・・
BPC連携の必要性
C多プラットフォーム対応

今後のセカイカメラの発展と、同様のARアプリの出現に期待します。

都会にでれば、エアタグが溢れてるけど、今のところ近所付近のエアタグの9割は
自分がPOSTしたものです・・・

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誰も守ってくれない

2009/09/26 13:32
久々に面白い映画だったけど・・・・・
救いようのない映画でした。。。

わざとドキュメンタリーっぽく撮ってるらしいんだけど
それがどうしようもなく
どうしようもない
あーどうしようもない

もはや相手はマスコミというメディアよりCGM。
なぜ需要があるんだろ?
なぜ他人の不幸は蜜の味?

(自分を)誰も守ってくれない = (自分が)誰も守ってあげない = (自分が)誰かを攻撃している


佐藤浩市ってホントすごいね


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バンテージポイント

2008/03/24 12:10
それ以外の要素をすべて排除した、すばらしいアクションサスペンスムービーです。

話の流れ自体は斬新でもなく、よくありそうな簡単な話ですが、
但し!!
8つの視点から同じ出来事を繰り返し見せる。見せる順番、どこまで見せるかなどの編集がとても絶妙でよく考えられていると思います。ただ、それだけの技法によってこの映画は成り立ってます。

90分と短いですが、たらたらと長い人間ドラマが殆どない為、最初から最後まで飽きることなく非常にスピード感を感じます。
エンターテイメントとして、とても楽しめました。
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ラストコーション

2008/03/10 12:22
ヴェネチアで金獅子賞をとった映画。
でも、なんかいまいち。
どうも設定が幼稚に感じて、うまく入っていけない。
なんで、演劇部がスパイになるのか?
なんで、7人(だっけか?)全員がスパイになるのか?



拷問されたはずの彼らの顔のきれいなこと。。
「その愛は、許されるのか?」の前に「その設定は許されるのか?」
その辺が香港のB級映画っぽく感じてしまい、うまく世界に入っていけなかった。
そして最悪なのはボカシが入ってること。一気にシラける。

ただ、主演の二人がよい為か緊張感あふれる場面も多数あり。
トニー・レオンはさすがだが、この映画はやはりタン・ウェイのほうが目立つ(この人の目がすごい)。
個人的には映画館で見るほどではなかったかな。。。
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イニシエーション・ラブ(乾くるみ)

2008/02/21 12:38
内容はミステリーではなく、青春恋愛小説。
単行本の帯にミステリーと書いてなかったら、気づかずに
終わってたかもしれない。

--------------------------------------------------
目次から仕掛けられた大胆な罠
前編にわたる絶妙な伏線
そして最後に明かされる真相――
80'sのほろ苦くてくすぐったい恋愛ドラマは そこですべてがくつがえり、
2度目にはまったく違った物語が見えてくる。
--------------------------------------------------

まさしくその通りでした。すばらしい。
といっても読後直後はなかなか理解できず、一瞬、「実は別人の話だったのか?」
などと考えてしまった。。。。

まあ、その後ジャブのように少しずついろんなところが見えてきて、ちょっと読み返したり
してみました。

・タックといってむせる
・便秘
・夕樹をタックンと呼ぶことにする
・指輪
・東京に行くことへの嫌悪
・海に行って日焼けしてたこと

他にもいろいろ探せば見つかるだろう。

結構面白かったです。

結論:
女って・・・・・
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コンテンツ連動型広告 for mobile

2007/11/28 12:47
googleAdSenseがついに携帯に対応したようだ。

携帯ブラウザは自分でHTMLを生成することができないため、どうやって実装するのかな〜と思ってたら、
PHP/Perl/JSP/ASPのコードを貼り付けるパターンのようだ。
これだと使える人が限られそうだね(ブログもブログサイト自体が対応してくれないと無理)

面白いところでは、HTML上にイメージタグを貼らせて、画像を動的に生成するタイプもあるようだ。
↓↓↓↓↓↓
i-mobile

googleAdSense をためしに使ってみた。

なんとドコモだけ広告が表示されないではないか!! AU、SoftBankは問題なく表示される。表示まで48時間ぐらいかかると書いてあったのでしばらく待ってみたが・・・・・

1週間たっても広告が表示されないよ。

いろいろ試してみた結果、以下のような結果になった。

・PCブラウザでUserAgent偽装 ⇒広告表示
・iModeエミュレータ ⇒ 広告表示
・実機 ⇒ 広告表示されず。。。

UserAgentの問題ではないので、IPアドレスではじいているとしか思えない。
ドコモのgatewayのIPから取得にきたら、googleが意図的に広告を返却しないようにしている。

はて、何故だろう?
ドコモにうらみでもあるのか?
そのうち出るようになるのか?

ドコモに広告が出ないんだったら、導入するサイトも減りそうだけどね。
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悪い男

2007/11/25 12:50
悪い男

・・・・理解できない。
かなり、超越してる感じ、悟りを開いてる感じ

男女間の愛情は性が必ず絡む。性はSEXが絡む。
人間の性は、動物の性よりもっと複雑なのだろうか?
三角形の頂点を表現するのに無駄を省いた感じなのだろうか(ストレートすぎる)?

もし本当に!!、こういう愛情があるのなら、とてもすばらしいだろうと思います。

キムギドク作品全般に言えることかもしれないが、台詞が少ないのがいい。
顔の表情含めた雰囲気は、言葉で訴えられるよりいろんな感情が伝わってくる。
というより、言葉に集中しなくてすむぶん、いろんなものが見えてくる(見てしまう)
言葉は自分の感情を伝えるほんの一部でしかあってはいけない気がした。
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受取人不明

2007/11/20 12:46
キム・ギドク 初期の頃の作品
70%はノンフィクションらしい

彼の映画は、どの映画も画がとても芸術的。
そして、目を向けたくない、気づきたくない本質を露骨に表現してくる。

明らかにリアルではないリアルさ。
本当の事が、容赦なく、ちょっとだけ非現実的に表現されている感じかな。
重すぎる。。。。なんか嫌になった。

プラスかマイナスか、すべての結末に向かって必ずどちらかに吸い寄せられる。
中途半端は許されない。それが現実か。。。

いつも思うのは、がんばって生活する 何の為に
生物の宿命か。。それでも生活しよう

(寝起きに見たのがまずかったか。。。。)
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2007/11/14 12:52
だめだー
やばいよー

こんなに一人の監督にはまったことは過去になし

本作は芸術ですね
映像、音楽、そして主演のハン・ヨルムの危ういエロさが。
こういう女優さんは普通の役(個性的でない役)できないんだろうな〜という感じです。

人間の汚い感情を剥き出しで表現するキム・ギドク。
かなり好き嫌いがはっきりするんでしょうね

最後は殺されるんだろうな〜と思っていたが、浅はかでした。。。
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私という運命について(白石一文)

2007/11/11 12:54
運命とは一種の宗教なのかなと

精神的な苦しみを打破するとき、自分の中で自分の哲学

病気で苦しんだ人は、病気に対する概念を
生死で苦しんだ人は、命に対する考え方
人間関係で苦しんだ人は。。。
恋愛で苦しんだ人は。。。

結局は起こった結果をうまく説明できて、自分が納得させられる哲学を
探しているんだろうな

自分は間違ってないんだと、理由づけしておかないと不安なのかもね
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手紙

2007/09/27 12:55
東野圭吾原作の映画。

殺人者の身内という視点から一方的に描かれてます。
映画というものの中ではしかたがないのだろうが、これを見た人の殆どが主人公に同情すると思う。
また、もし身近に主人公がいるとしたら殆どの人が敬遠するだろう。
(自分はそんなことはないという人がいたら、とても信用できない人です。)

人間という作り物の身勝手さを感じます
傷つけられて悲しみ、傷つけられた相手を憎み、傷つけそうな人を遠ざけ、人を傷つける。(意図的にも、非意図的にも)
そういう人(他人)と付き合って生きていかねばならず、また自分も人であり。。。
人生は厳しいですね。
結局のところ、ある程度の刃を振り回しながら生きて行くのが正しいのだろうけれども。
傷の大小はあるにせよ、その辺のニュートラルな感じが人によって違ったりするのでとても難しくわずらわしい。
それが嫌であれば、周りとの距離をおくしかなかったりするし。。。

もし、自分が主人公と同じ境遇になったと仮定すると。。。
即いろんなものに諦めがつきそうなきがする。まあ、現実には分からないけれども。。。。
そもそもそんなに強く欲してるものがないのかもしれない(ちょっとさびしいか?)

これ原作もってるから読んでみます。
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夜明けの街で

2007/07/30 12:57
う〜ん、いまいちだなぁ〜
東野圭吾の今までの作風とちょっと変わってる気がします。内容も文体も。

かる〜い感じで読めていくのですが、ラストにせまるにつれ、気持ち悪さ
が増していきます。

ただ、男(♂)と女(♀)としての関係、結婚で失うものなどが
怖いぐらいに描かれています

男性読者の100人中100人が女性が怖くなるのではないでしょうか?
そして結婚したくなるなるのではないでしょうか?
しかし、主人公の男ほど馬鹿な男はあまり多くはないでしょう

「不倫をするやつなんて馬鹿だとおもっていた・・・・・・・
でも、どうしようもない時もある。」

なんて自分勝手な。。。。そして堂々とした主張なのだろう。
感服!!
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デイジー

2007/05/04 12:57
映像、音楽、主役3人の演技(特に表情、特にチョン・ウソン)もすばらしく、そして3人ともせつないね〜
それだけに、最後の銃撃戦でチョン・ウソンがスーパーマンになったことが悔やまれる。(ちょっとそのシーンだけ浮いてる感じ)
また、アナザーバージョンは見ないほうが良かったかも

相手のことを思って身を引く
なんだかその辺を超越した感じでしょうか?

なんかオランダに住みたくなりました。
どうでもいいけど主演の二人(チョン・ウソン、チョン・ジヒョン)のファーストネームが共にチョン。。。

チョンチョン

ちなみに好きな韓国映画TOP3に入りました。
・カル
・サマリア
・デイジー
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ダンサーの純情

2007/04/13 12:58
WOWWOWでやっていたのを見ました。

題名も主演俳優もきいたことなかったですが、なかなか面白く、
難しくもないので軽い気持ちでみれます。

ただ韓国映画にありがちなくさ〜い感じ、リアリティのなさもところどころにもりこんでありそこがちょっとマイナス
(出だしの足を痛めるシーン and 偽装結婚を調査する二人組み and 韓国No.1ダンストレーナという設定 and ・・・)

主演のムン・グニョン(眉毛の太さが気になる。。)の演技がすばらしかったです。
あの若さであの演技力はすごいの一言です。ちょっとファンになりそうな予感。
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ありふれた魔法 -盛田隆二-

2006/12/15 13:00
本能と理性の戦いか。。。。。とてもさびしい作品でした。

「夜の果てまで」と比べると設定自体が駆け落ちと比べるとありがちな不倫の為か、淡々と話が進んで行く感じがするが、とりあえず一気読みでした。44歳になったこともなく結婚もしたことがないので分からないが、主人公の葛藤がよく描写されていると思います。

盛田隆二独特の読みにくさ、分かりにくさみたいなのもあるが、最近それがクセになりつつありちょっと心地よかったりします。

社会って不思議だよね、大人って大変だね〜、人間って怖いね〜
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ミュンヘン

2006/12/04 13:00
「わたしは正しいのか?」
「母さん、知りたいか?僕がしたことを」

とても難しい問題ですね。
僕には単純に報復を非難することはできません。

自分に関係ないところでの報復、とても大きな報復はされるべきではないと感じてしまいます。
ただ、自分と身近なところの報復は、支持できたり、報復者が一時的に英雄になったりもします。
(そしてそれはとても人間的だとも感じます。)

国家、民族、仲間、家族

これら母体はどこかで線引きがされるべきなのだろうか?

リアルに考えられない日本にいる日本人が、発言できる問題ではないのかもしれません。
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ダーウィンの法則 −白石一文−

2006/11/30 13:02
問題:恋愛と結婚は別でしょうか?

もともと、恋愛と結婚とは別だろうという考え方に賛成していたけれども、ここ最近、漠然とどうも違うのでは?という気がしてきていた。

結婚するということは ⇒ 生活です。経済力です。(夢や希望ではありません)
つまり

リンゴとミカンは別です。(当たり前です)

という考え方で別だろうという風に考えていた。
ところが、最近

でもリンゴもミカンも果物という意味では同じものです。

というふうに思えてきたしかたがなかった。ただこれを考え出すと、果物と肉は共に食べ物です・・・・・結局すべては同じもの?・・・・・・・・あれっ?となってしまう。

で、この本を読みながら気づきました。そもそも恋愛と結婚を比較するということ自体がおかしいのではないかというところに違和感を持っていたようです。つまり、リンゴの形とリンゴの匂いを比較してどうするんだろう?的な違和感でした。(結婚式はあるのに恋愛式なんてないしね)

大辞泉で調べてみました。

[結婚]
男女が夫婦になること

[恋愛]
特定の異性に特別の愛情を感じて恋い慕うこと。また、男女が互いにそのような感情をもつこと

やっぱり、別物ですね。比較するものではなく、人生の中の成人式と同様に、恋愛の中に結婚があるのでしょう。(人生と成人を比較しても意味がわからないからね)

と、ここまで調べて、多くの人は、恋愛と結婚という言葉を比較しているのではなく、結婚までの期間と結婚後の期間を比較して、恋愛と結婚は別なのかどうかということを議論しているのだということにうっすらと気づいてきました。

さて、ようやくスタートラインにたてたところで、その辺を踏まえると、結婚なんてするから結婚したということを意識してしまうのではなかろうか、結婚という制度が良くない気がします、もしくは結婚というものの大きさが良くない気がします。別れられないという意識が良くない気がします。(多分男性本意の考え方だと思う)

ところで、生活ってなんだろう?
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四月の雪

2006/11/18 13:17
四月の雪

ぺ・ヨンジュのファンでもないですし、演技しているのもはじめてみましたがそこそこ楽しめました。
単純にはかない恋愛映画としてみるとよいと思います。

不倫でありながら、あまりどろどろせず、台詞もあまりなく、リアリティーは殆どなく、くら〜い雰囲気で淡々と流れていく感じですが、ただ、あの孤独感、疎外感、お互いの傷をなめあう感じは結構すきです。

ストーカ役や、戦争映画などのぺ・ヨンジュをちょっと見てみたくなりました。
どうなるんだろう?
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